京都伏見 
御陵  紹介
伏見の御陵
 伏見の御陵 桓 武 天皇
(かんむてんのう)

柏原陵
伏見の御陵
伏見の御陵
桓 武 天 皇
(第50代天皇)
(737年生〜806年没)

白壁王の第一皇子として生まれる。
名は山部親王。
母の高野新笠が下級貴族に属していたため立太子は望まれておらず、
当初は官僚としての出世を目指していた。
しかし、
藤原氏などを巻き込んだ政争によって宝亀4年(773年)に立太子。
天応元年(781年)、4月15日、即位。

平城京における奈良仏教各寺の影響力の肥大化を厭い、
山城国への遷都を行った。
はじめに784年に長岡京、
後に794年に平安京をおいた

文化面では続日本紀の編纂を発案した。
最澄、空海を唐に送り、
日本の仏教に新たな動きをもたらした。
また、
東北地方の蝦夷を服属させるため、
坂上田村麻呂を征夷大将軍とする軍を送り込み、
東北地方への影響力を拡大した。




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